本日もいっそ潔いほどに寒く、毎年、今日くらいちょっとはあったかくなろうぜ地球さんよ、と思うわけで、まぁそんなどうでもいいことを思いながら登校。いつも通りの朝練を送る。緑間は綺麗にシュートを繰り出していて、先輩たちは各々個人強化に励む。秀徳バスケ部の朝練参加は強制ではないし、基本個々の自由みたいなところがあるからか、皆まちまちの表情で、まちまちの思惑の中、体育館はボールやシューズの音がして、キンと冷えている外とは違う微妙な熱を帯びている。
俺はというと、ちょっとだけハンドリングを確認しただけ。そんなにやる気がないなら今日はさっさと教室に戻るべきなのだよ、なーんて苦々しげにいい放つエース様の言い分はもっともなので、俺はさっさと引き上げることにする。お先失礼しまーす、とすごすご体育館の出口を目指すと、通りがかりにいた木村先輩に、珍しいな高尾が早くあがんの、といわれて、スミマセンちょっと調子悪いんでやめとくっス、と返す。反対側から宮地先輩が鼻で笑いつつ、お大事に、なんていってきて、やっぱこの先輩コエー。でも、多分今日も誰より早くここに来て、人一倍頑張ってんだと思うと、先輩方にはマジで頭が上がらない。
体育館を出て部室でさっさと着替えて、物足りない朝に自然と溜め息が出る。やっぱどんなにやる気出なくてもちゃんと練習すりゃよかった、やっぱそうすりゃよかった、やっぱ寒い、とダラダラ思いながら教室へ向かう渡り廊下。前方には寒そうに足を出す女子数人の群れ。中の二人組に、そのひとの背中を確認、密かに喜ぶ俺は超絶弛んだ顔をしてるはず。声をかけようと距離を縮めて、ぽんっと肩を叩く。ビクッと大袈裟なくらいはね上がった薄い肩。自然とちょっと弾んだ声になる。男なんて皆単純さ。
「みょうじさんオハヨー」
「びびった、おはよー!」
「あたしまでびびったわ、アレ、高尾アレじゃないの?」
「朝練?今日はやめといたの、つーか中田さん顔スゲーな、クマ」
「やっぱ?昨日なまえと夜まで電話しててさ」
「みょうじさんそんなないじゃん」
「私寝落ちしたの」
「ひでぇ」
ゲラゲラ笑いながら二人と話して共に教室へ入ると、自然と流れ解散。ちょっと残念だけど、みょうじさんとはそんなに近い席でもない。いつも授業中に見える背中に片思い中なのです。
席につくと近場でそこそこ仲のいい男子数人が雑誌を広げていた。話してもいいが気分じゃなくて、朝からお元気そうで何より、と思う。あまりボールに触れていない朝、しかもよりによって今日、みょうじさんの肩に触れた自分の手のひらに静かに感動。くあーっと痺れるようにじわじわくる嬉しさ。バスケ以外で、専ら俺を充たしてくれる感情をもて余していると、後方にやたらでかい奴を意識の中で見つける。振り返ると、緑間。いつも通りすました顔で席につく奴に、お疲れー、というと、何をニヤニヤしているのだよ、とまたしても苦々しげに放たれる。おお、聞いてくれますか!恥ずかしいからいわねーけど!
「そういえば今日はお前の誕生日なのだろう」
脳内も顔面もニヤニヤの俺は緑間のその言葉にますますニヤニヤ。なになに真ちゃん知ってくれてたのー、なんて茶化すと、昨日散々祝えとうるさかったのはどいつなのだよ、といわれた。俺です。続けて、祝ってやらなくもない、なんて言われて、俺はほんのり嬉しい。いや、実はかなり嬉しい。最近緑間は素直になってきていて、多分初めての負け試合からだけど、少しずつ、信頼を得ているようで。俺はなんとくなく、俺を、俺たち秀徳バスケ部を、この偏屈な奴に認められていくように感じて、やっぱすげー嬉しいわけで。ありがとな、と笑うと、緑間は、調子に乗るな、と照れた。朝練はアレだったけど、今日の部活はきっと頑張れる。近くで雑誌を広げていた男子たちからも一言ずつおめでとうを貰った。
なにやら視線を感じて前を向き直ると、みょうじさんが中田さんとこっちを見て話していて、バッチリ視線が合う。俺もみょうじさんもビックリして、慌ててまた緑間の方を向いた。でもやっぱ気になるので意識を向けていると、ガタガタと音をたててこちらに近づいてくる小柄なひと。俺のもうひとつの目が捉えてしまう。内心バクバクいう心臓がうるさい。
「高尾くん」
みょうじさんのかわいい声。ちょっとはじめが裏返ってて余計にかわいい。うるさい心臓をそのままに、なーに、なんて振り向けば、みょうじさんがちょっとムスッとしたような、でもなんか怒ってるのとは違う、曖昧な顔つきで立っていた。隣に中田さんがいて、こっちは普通の顔。いや、ちょっとニヤついてる。俺がみょうじさんの返しを待っててもなかなか次の会話が続かない。すると中田さんが一番に口を開いた。
「さっき微妙に聞こえてさ、何、高尾誕生日なの?」
「そうだよ、え、なになになんかくれんの?」
「なまえからお祝いのコメントを、ハイ、3、2、1」
「えっ、ちょ、お、おめでとう!」
突然の振りにあたふたと、それでもちゃんと俺の顔を見て、みょうじさんはいう。俺はというと、もう脳内テンパりまくりで、どうすりゃこの気持ちを収まりよく置いとけんだ、みたいになってて、とにかく、すげー嬉しい。真っ赤な顔で、全然知らなかったよー、さっき教えてくれればよかったのに、なんていってくるみょうじさんが究極かわいくて俺のニヤニヤは史上最大級にやばい。朝練前の気分はどこへやら、今の俺は、最高に調子がいい。寒さがなんだ、この心のあったかさなめんな。
「ほんと、誕生日おめでとう、高尾くん」
いつもは背中ばっかだけど、今日、俺は君のその肩に触れて、その顔で、祝いのコメントを貰った。新しいみょうじさんを書き加えて、例年とは一味違う俺がスタートするんだ。俺は繕うことなく浮かぶ満面の笑みをみょうじさんに送る。
「ありがとな!」